東京スポーツの競馬記者、競馬専門誌ケイシュウニュースの看板評論家を経て、現在はジャパンホースサークルの代表を務める。JRA関係者はもとより、馬主、調教師、騎手、記者に至るまで、ありとあらゆる競馬関係者に太いパイプを持つ。02年9月より馬券ブレイクの特別編集長に就任。同年12月よりラジオ日本(1422KHz)の要請を受け、レース解説等を務めている。
81年に競馬専門紙『ダービーニュース』へ入社。94年より社の看板「本紙予想」を担当している。89年からは『ラジオ日本』のレース解説者として活躍。『グリーンチャンネル』にも出演している。90年のクラシックでは、皐月賞でハクタイセイ、ダービーでアイネスフウジン、98年の天皇賞(秋)ではエアグルーヴと、専門紙一紙◎の快挙を達成。著書に『◎印(ほんめい)を打つ』(総和社)がある。
元JRA騎手。通算688勝(重賞7勝)。現役時代は馬場委員長として、多くの功績を残した。現在は競馬番組キャスター(ウハウハ競馬・テレビ埼玉など)をはじめ新聞・雑誌で幅広く活躍中。また、乗馬学校、JRAイベントなどでの実地の騎乗指導にも力を入れている。
◇馬券ブレイク担当企画 ◇
『馬券ブレイク公式ブログ「チアキのトレセン便り」執筆中』
競馬解説者。『馬ホースニュース』『ダービーニュース』『日刊ゲンダイ』『スポーツ報知』などで活躍。現在は『スポーツ報知』で毎週日曜に重賞予想コラムを執筆。著書に『馬の見方が分かる本』、『儲かる競馬』などがある。パドック予想の第一人者としても知られる。
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『伊藤友康の競馬「勝ち組」養成塾』
元JRA調教助手。名門伊藤雄二厩舎から騎手としてデビューし、引退後は調教助手に。山内厩舎時代にはイシノサンデー、チアズグレイス、シルクプリマドンナなどのGI馬を担当。現在は競馬記者、ラジオ関西のパーソナリティーとしても活躍中。
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『美浦・栗東トレセン情報局』
競馬記者。元ケイシュウニュース所属。現在はフリーの記者として、美浦トレセンを中心に精力的に取材活動を行う毎日を送っている。関係者には一度噛みついたら離さない“マムシ記者"との異名を取る。
◇馬券ブレイク担当企画 ◇
『Monday日高レポート』
馬喰としてサラブレッドホーストレーダー社を設立。関連馬には実兄が経営するタイヘイ牧場生産で、04年の高松宮記念(GI)を制したサニングデール、現役馬では05年の京王杯2歳S(GII)を制したデンシャミチなどが有名。獣医の資格を持つ異色の競馬エージェントとしても名をはせている。
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『Monday日高レポート』
日本馬ではじめてジャパンCを制したカツラギエースを発掘。後に競馬エージェントとして40年以上活動。道内No.1の規模を誇ると称された最上ホースクラブの売買責任者を経て(有)アーリーカンパニーを設立。現在は栗東某厩舎の競走馬エージェントとして、辣腕を発揮している。
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『Monday日高レポート』
元JRA調教師。通算683勝。2001年の引退まで栗東TCで活躍し、GI、重賞など24勝。引退後は、クラブ法人馬主JOYサラブレッドクラブ(現セゾンレースホース)の顧問に就任し競馬エージェントとしても活躍。'84年桜花賞馬ダイアナソロンの調教師、ドリームパスポートの発掘者としても知られる。
元トラックマン。専門紙「1馬」「競馬エイト」でトラックマンとして活躍。BSフジの「競馬王」、ラジオ日本でパドック解説の経験からメディア関係者にも影響力を持ち、氏のパドック解説の一言で一般紙上の人気馬が変わる事例が多々存在する。
日高地方の某大手生産牧場勤務を経て、現在も中央競馬の裏方として活躍中。セリや種牡馬ビジネスに関する造詣も深く、大物調教師やジョッキーとも親交がある。馬券ブレイクコラムの執筆を機に、競馬ジャーナリストの道に挑戦中。
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『競馬のジョーシキ非ジョーシキ』
68年に競馬専門紙『ダービーニュース』に入社。同社在籍時代、ダービー仮面の名でテレビ番組『銀座ナイトナイト』(TBS系)に出演、7週連続的中の新記録を樹立。75年に夕刊紙『日刊ゲンダイ』に入社。78年より20余年、同社の本紙予想を担当した。83年には、日刊紙・夕刊紙としては史上初めてのパーフェクト予想を達成。著書に『まるごとわかる競馬の事典』など多数。
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『毒舌記者・鈴木和幸のモノ申す!』
トレセン内部関係者であり、「ズルい騎手」「2ちゃる騎手」「テキ911 調教師ほどステキな商売はない」「ヤバい馬券」などの著者。ジョッキーの言動を間近に見られる立場にあり、一般には知られない競馬サークル事情に精通している。‘競馬は興行'‘面白くなければ競馬じゃない'を持論に、JRAと競馬のさらなる発展を願って活動中。
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『高崎武大の競馬都市伝説』
73年、嶋田功騎手(現調教師)に感化され、騎手を目指す。78年、谷八郎厩舎より騎手デビュー。同年に新人賞を受賞し、翌年には63勝を挙げて、関西リーディングジョッキーに。83年にはリードホーユーで有馬記念に勝ち、GI初制覇。また、103勝を挙げて初の全国リーディングを獲得以降、数々の大舞台を制す。生涯成績は8648戦1112勝(うちGI15勝)。98年、調教師に転身。現在は執筆業を中心に活躍中。
72年東京生まれ。高校時代から学校より歌舞伎町の出席日数が上回るという生活を送る。5年前から現在の職場である銀座、数寄屋橋交差点近くのバーに勤務。親族に元JRAジョッキー、大井競馬の元馬主、JRAの調教助手、競馬専門記者らが顔をそろえる関係で、幼少の頃から競馬に親しむ。馬券歴は公称15年。03年暮れに発案した「着差数値」で、05年天皇賞(春)の193万馬券を筆頭に、数々の万券ヒットを飛ばす。05年秋より予想を提供中。
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『銀座バーテンダー「やなぎ」の万券カクテル』
「元騎手マサル」のジョッキーボム
97年、父が調教師を務める山形県上山競馬場(03年廃場)より騎手デビュー。類い希な騎乗センスと、馬のクセを的確に見抜いた調教技術で活躍するも、中央競馬とのあまりの経済格差に嫌気がさし、02年に騎手免許を返上。そして現在、卓越したジョッキー理論と、天性の勝負勘をひっさげ、馬券師へと転身。的中率の高い予想を提供中。
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『「元騎手マサル」のジョッキーボム』
都内の飲食店(居酒屋)に勤務。府中市内にマンションを購入。ローンの返済、家族のためにと働く普通のお父さん。そして、マニアにはほど遠いライトな競馬ファン。家族は妻と一男。競馬歴はわずかに7年ほどだが、02年〜06年まで5年連続して年間黒字。平均すると40万〜50万円のプラスで、月々のお小遣いが4万円くらい増える計算。
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『スーパーお父さんの馬券術!』
父親に教えてもらったのがキッカケで競馬の世界へ。最初は少量の金額で応援馬券を買う程度だったが、負けず嫌いな性格ゆえ、どんどんのめり込んでいく。儲かる馬券術を求めて、あらゆるファクターを研究し、分析した馬券術の数は100を超えた。そうして試行錯誤を繰り返していくうちに、ある1冊のオッズ系書籍と出会う。それに衝撃を受け、それまでの考え方を180度切り替え、再度研究に没頭。オッズと「日刊コンピ」を融合させた馬券術を完成させる。
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『慶應ボーイの「日刊コンピ」必勝法』
高校卒業後、地方競馬教養センターに進み98年に終了。同年10月に高崎競馬・畠中厩舎所属でデビュー。同競馬場の最後のレースを勝ち、05年1月24日・宇都宮競馬場の最終レースも勝利して現役引退。記憶に残るジョッキーとして活躍した。通算2033戦91勝。現在競馬ジャーナリストとして活躍中。
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『赤見千尋の南関へ行こう!』
20代に競馬と出会い、当時は「トータライザー」紙を愛読。30代になって以降、競馬以外の種目に打ち込んでいたが、00年3月、競馬の世界に復帰。独自の「クラス理論」に基づく予想で、数々の万馬券を的中。その後、自身のアルゴリズムの一部をソフト化。04年春、予想の核心部分までも明かした「夢馬券パラダイスData Lab」のソフト化に成功。これは「JRA-VANコンテスト」で入選作ともなった。著書に「父っつあんのパラダイス万券術」がある。
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『父っつあんの万券放浪記』

